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学生時代 新人時代 研究開発部門へ異動 マーケティング部門へ異動
幅広い経験が未来の財産に。

趣味やスポーツなど、何事にもチャレンジする性格は、学生時代も今も変わりません。

理工学部で化学系の学科に所属し、大学院まで微生物の培養に関する研究に励んでいました。好奇心旺盛な性格から、研究と並行してアルバイトやスポーツなども幅広く経験。今でも親交がある仲間たちと出会い、志向の違う人たちとコミュニケーションを取る大切さを学んだのも学生時代です。就職活動では、自分の研究してきたことが活かせる業種、その中でも日常生活と身近なところで関われる食品メーカーを志望。メーカーに入社するからには、自分の手で商品をつくりたいと考えていました。面接では研究以外にも、交友関係の広さや協調性も強みとしてアピールしましたね。森永乳業は、それまでイメージしていた面接とは違い、社員の方が真摯に私のことを知ろうとしてくれているのを感じました。人との繋がりの大切さを学んできたからこそ、ここでなら人と意見を共有、互いに高め合いながらものづくりができると思い、迷わず入社を決意。森永乳業の社員としての第一歩を踏み出しました。

入社半年、不注意で1トン以上の製品を損失。

入社後は茨城県の工場で製造部門に配属され、プリンなどのデザートやクリーム製品の殺菌工程を担当しました。半年が過ぎた頃、注意不足からボタン操作を誤り、大量の製品を廃棄してしまうという大きなミスをしてしまいました。1トン以上の製品が一気に流れ、金額にして約100万円もの損失。当然、上司からは怒られ、いろんな方に迷惑をかけてしまうことに。この時初めて、仕事における本当の意味での責任感が芽生えたと思います。また、なぜ起きたのかをとことん追求し、二度と起こらないように改善していくことが、その後の対処として重要であることも学びました。2年半、殺菌工程を経験した後、同じ工場内の別棟で乳酸菌やビフィズス菌の粉末を製造する部署へ異動。ここでは、殺菌だけではなく、原料の仕入れから充填までを2年間担当し、私は製造に関するすべての工程を経験することができました。

4年半の工場勤務を経て、研究開発部門へ異動。当社の研究職では、製造現場でどのように製品がつくられているのかを学んでから、研究開発部門に配属されることがあります。私の場合、工場勤務の際に担当していたクリーム製品の研究開発部門へ配属となりました。クリーム製品は主に業務用として外食チェーンに販売するケースが多いのですが、お客さまによって砂糖の量や他のクリームと混ぜて使うなど、使い方はさまざま。そのため、どのようなクリームが必要とされているのかを知ることが研究開発において、とても重要になってきます。研究職は、社内にこもり研究に打ち込んでいるイメージがあると思いますが、当時の私は他社食品メーカーや外食チェーン、製菓店などのお客さまのもとへ積極的に足を運び、お話を聞いては製品開発や開発を支えるための基礎研究を行っていました。また、クリーム製品はデリケートな物性故に、大幅な配合変更にチャレンジしにくいカテゴリーなのですが、新規油脂や新規海外乳原料を使用するなど、新たな取り組みを行い、試行錯誤を繰り返していました。研究職ではありましたが、頭よりも手を動かして、何度もトライすることの必要性をこの時期に学んだと感じています。

頭より手を動かした研究者時代。
キャリアのすべてが今に繋がる。

研究開発をしていくうちに、自分が考えた製品を一からつくりたいという想いが強くなり、マーケティング部門への異動を希望しました。工場、研究所時代の上司や人財部の方にもその意思をはっきりと伝え、諦めずに言い続け、皆その考えを応援してくれていました。そして、念願のマーケティング部門へ異動が決まり、飲料商品を担当。憧れていた新規商品の開発では、海外のトレンドを日本で商品化し、新しいブランドを立ち上げることができました。その他にも既存のブランドの活性化に携わるなど、3年間であらゆる経験をしました。現在は、次世代創造グループという新規ブランド立ち上げや新規商品の開発を専門とした部署に所属しています。私は製造、研究開発、マーケティングと商品づくりのすべての過程を経験してきたので、それぞれの考え方を理解していますし、各部門が本来どうあるべきか自分なりの考えが持てるようになったと思います。何事にも興味を持ち、さまざまなことを経験してきたからこその強みを活かし、次世代と言う名にふさわしい新基軸の商品の開発ができればと思います。

波多 徹のさらなる情熱

今の市場に1000個の商品を送り出しても、残るのは2,3個なのが現状。それでも次世代創造グループに所属した以上は、お客さまに愛される商品をつくることが最低限のミッションだと考えています。メンバー全員の力を合わせれば、きっと達成できると信じて行動するのみ。今はこの部署で結果を残すことが一番の目標です。

未来の後輩に向けて
未来の後輩に向けて

皆さん一人ひとりには、必ず自分だけの個性があるはずです。森永乳業ではいろいろな仕事があり、さまざまな個性を必要としています。私は森永乳業に入ってから工場、研究所で業務していましたが、そこからマーケッターをめざしたことが私の個性になっています。挑戦したいという想いだけでも、その人らしさになると思います。まだ自分らしさが見つかっていない人も焦らずに探してみてください。そして、その個性を森永乳業で存分に活かしていただけたらと思います。

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それぞれの軌跡

理工学部で化学系の学科に所属し、大学院まで微生物の培養に関する研究に励んでいました。好奇心旺盛な性格から、研究と並行してアルバイトやスポーツなども幅広く経験。今でも親交がある仲間たちと出会い、志向の違う人たちとコミュニケーションを取る大切さを学んだのも学生時代です。就職活動では、自分の研究してきたことが活かせる業種、その中でも日常生活と身近なところで関われる食品メーカーを志望。メーカーに入社するからには、自分の手で商品をつくりたいと考えていました。面接では研究以外にも、交友関係の広さや協調性も強みとしてアピールしましたね。森永乳業は、それまでイメージしていた面接とは違い、社員の方が真摯に私のことを知ろうとしてくれているのを感じました。人との繋がりの大切さを学んできたからこそ、ここでなら人と意見を共有、互いに高め合いながらものづくりができると思い、迷わず入社を決意。森永乳業の社員としての第一歩を踏み出しました。

幅広い経験が未来の財産に。

趣味やスポーツなど、何事にもチャレンジする性格は、学生時代も今も変わりません。

入社後は茨城県の工場で製造部門に配属され、プリンなどのデザートやクリーム製品の殺菌工程を担当しました。半年が過ぎた頃、注意不足からボタン操作を誤り、大量の製品を廃棄してしまうという大きなミスをしてしまいました。1トン以上の製品が一気に流れ、金額にして約100万円もの損失。当然、上司からは怒られ、いろんな方に迷惑をかけてしまうことに。この時初めて、仕事における本当の意味での責任感が芽生えたと思います。また、なぜ起きたのかをとことん追求し、二度と起こらないように改善していくことが、その後の対処として重要であることも学びました。2年半、殺菌工程を経験した後、同じ工場内の別棟で乳酸菌やビフィズス菌の粉末を製造する部署へ異動。ここでは、殺菌だけではなく、原料の仕入れから充填までを2年間担当し、私は製造に関するすべての工程を経験することができました。

入社半年、不注意で1トン以上の製品を損失。

4年半の工場勤務を経て、研究開発部門へ異動。当社の研究職では、製造現場でどのように製品がつくられているのかを学んでから、研究開発部門に配属されることがあります。私の場合、工場勤務の際に担当していたクリーム製品の研究開発部門へ配属となりました。クリーム製品は主に業務用として外食チェーンに販売するケースが多いのですが、お客さまによって砂糖の量や他のクリームと混ぜて使うなど、使い方はさまざま。そのため、どのようなクリームが必要とされているのかを知ることが研究開発において、とても重要になってきます。研究職は、社内にこもり研究に打ち込んでいるイメージがあると思いますが、当時の私は他社食品メーカーや外食チェーン、製菓店などのお客さまのもとへ積極的に足を運び、お話を聞いては製品開発や開発を支えるための基礎研究を行っていました。また、クリーム製品はデリケートな物性故に、大幅な配合変更にチャレンジしにくいカテゴリーなのですが、新規油脂や新規海外乳原料を使用するなど、新たな取り組みを行い、試行錯誤を繰り返していました。研究職ではありましたが、頭よりも手を動かして、何度もトライすることの必要性をこの時期に学んだと感じています。

頭より手を動かした研究者時代。

研究開発をしていくうちに、自分が考えた製品を一からつくりたいという想いが強くなり、マーケティング部門への異動を希望しました。工場、研究所時代の上司や人財部の方にもその意思をはっきりと伝え、諦めずに言い続け、皆その考えを応援してくれていました。そして、念願のマーケティング部門へ異動が決まり、飲料商品を担当。憧れていた新規商品の開発では、海外のトレンドを日本で商品化し、新しいブランドを立ち上げることができました。その他にも既存のブランドの活性化に携わるなど、3年間であらゆる経験をしました。現在は、次世代創造グループという新規ブランド立ち上げや新規商品の開発を専門とした部署に所属しています。私は製造、研究開発、マーケティングと商品づくりのすべての過程を経験してきたので、それぞれの考え方を理解していますし、各部門が本来どうあるべきか自分なりの考えが持てるようになったと思います。何事にも興味を持ち、さまざまなことを経験してきたからこその強みを活かし、次世代と言う名にふさわしい新基軸の商品の開発ができればと思います。

キャリアのすべてが今に繋がる。
波多 徹のさらなる情熱

今の市場に1000個の商品を送り出しても、残るのは2、3個なのが現状。それでも次世代創造グループに所属した以上は、お客さまに愛される商品をつくることが最低限のミッションだと考えています。メンバー全員の力を合わせれば、きっと達成できると信じて行動するのみ。今はこの部署で結果を残すことが一番の目標です。

未来の後輩に向けて 未来の後輩に向けて

皆さん一人ひとりには、必ず自分だけの個性があるはずです。森永乳業ではいろいろな仕事があり、さまざまな個性を必要としています。私は森永乳業に入ってから工場、研究所で業務していましたが、そこからマーケッターをめざしたことが私の個性になっています。挑戦したいという想いだけでも、その人らしさになると思います。まだ自分らしさが見つかっていない人も焦らずに探してみてください。そして、その個性を森永乳業で存分に活かしていただけたらと思います。

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